1989年1月7日に、昭和天皇が崩御されたとき、日本政府はすぐに新しい元号を決める手続きに入りました。

このとき正式に決まった元号は「平成」ですが、実は他にも元号の候補が2つあったそうなんですよ!

いったいどんな候補があったんでしょうか?

そして、どのような流れで平成に決まったんでしょうか?

平成のピリオドが迫っている今、元号の由来をヒモといてみましょう。

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平成に決まった時、他にどんな候補があったのか?

元号

昭和の次の元号が「平成」に決まったとき、他に挙げられていた2つの候補とは・・・


「修文(しゅうぶん)」
「正化(せいか)」

だったといわれています。

それでは、なぜ3つの中から平成が選ばれたのか?

この2つって、アルファベットで書くと、それぞれ「SHUBUN」「SEIKA」となり、昭和の「SHOWA」と頭文字が被ってしまうのです。

アルファベットの頭文字が被ってしまうと、いろいろな場所で不都合が起こってしまうようなので、「平成」に決まったというのが理由らしいです。

元号候補だった2つの言葉の意味を調べてみると、こんな由来がありました。

修文・・・「従わない国があれば、その国の文化習俗を徹底的に学び、相手が従うように持っていく」

正化・・・「先代の天子も今の天子も、明らかな徳を持っておられる。重なる明るさが正しいことについてこそ、天下の万物を成育させ、成長させることができる」

正化はともかく、修文の由来はちょっとビックリです・・・。

この由来が本当だとしても、「相手が従うように」、という意味を元号に使うのは、あまりしっくり来ないように思いますね~。

ただ、元号を決める時、先のアルファベットの理由から、政府が平成と決めることが前提だった可能性が高いという話もあるんです。

修文と正化の2つがダミーだったというウワサもあるくらいです。

いずれにしても、この話は噂の域をでないですね。

さらに驚くべきことは、「平成」は、1865年にも元号の案として出されていたことです!

実際この時は「慶応」が採用されたんですが、それだけ「平成」は元号に合った言葉だといえますね。

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平成にはどんな意味が込められている?

 
平成

それでは、「平成」はいったいどんな意味を持って考えられたのでしょうか。

平成という漢字の意味を調べてみましょう。

<史記の一巻である「五帝本紀」から>
「内平外成(内平らかに外成る)」
(史記・・・漢の時代に書かれた、中国の歴史書)

<書経の一つである偽古文尚書「大禹謨」(だいうぼ)から>
「地平天成(地平らかに天成る)」
(書経・・・中国古代の歴史書)

これらは、「天地・内外とも平和が達成される」という意味を持っています。

元号を考えるのは、有識者の方たちですが、大きな戦争が起こった昭和が終わり、新しい時代は平和に暮らしたいとの願いが込められていたんでしょうか。



平成と発表したのは誰?どんなエピソードがある?

平成と発表したのは、当時の官房長官であった、故小渕恵三・元総理大臣でした。

私も当時、高校生だったのでよく覚えています。

ちなみに、誰が元号を発表するというのは、決まっているわけではありませんが、官房長官が発表するのが順当だそうですね。

平成と発表するまでの小渕氏は、どちらかといえば地味な存在でしたが、発表を機に「平成おじさん」と呼ばれ、知名度も一気に上がりました。

その後小渕氏が、平成10年(1998年)に第84代内閣総理大臣に就任したとき、「あっ、平成って発表した人だ!」と思った方は、たくさんいらっしゃったかと思います。

ところで「新しい元号は、『平成』であります」と発表した時、大きく「平成」と書かれた色紙を持ってましたよね。

あれは、小渕氏の秘書官のアイディアだったそうです。

「平家の平、と漢字を説明しても、平家は滅びたし、縁起が良くない」との考えだったんだとか。

テレビ時代に対応するため、目で見て分かる方法で国民に知らせた、という説もあります。

どちらにしても、知名度だけでなく、秘書官の臨機応変な対応が、その後の小渕総理誕生へつながったような気がしますね。

あとがき

元号を決めるときって、日本の発展を願った漢字や意味が込められるのですね!

新しい元号が発表されるときが、今からとっても楽しみですね!